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鎌倉最大規模のやぐらを見るために「明月院」へ行きました

投稿日:2019年10月16日 更新日:

北鎌倉の明月院はアジサイ寺として知られていて、6月になると駅の近くまで行列ができるほど人気です。

 

6月に北鎌倉駅前を通りましたが、この時期に鎌倉で一番混雑しているのは恐らくこの明月院だろうと思うほどの人の多さです。

同じアジサイ寺なら長谷寺の方がまだ空いてましたが、アジサイを鑑賞するだけなら個人的には八景島(県内最大)の方が良いと思ってます。

 

アジサイの季節以外だと12月の紅葉の時期も後庭園が公開されるので人気です。

 

今回はやぐらの写真を撮るため、10月に訪れたのですが、人が少な過ぎて拍子抜けしました。

明月院の歴史

明月院の始まりは、永暦元年(1160)に山内経俊が父俊道の供養のために創建した明月庵といわれています。

明月庵創建から約100年後の鎌倉時代、文永5年(1268)に鎌倉幕府第5代執権の北条時頼が最明寺を建立し、時頼没後に北条時宗が蘭渓道隆を迎えて禅興寺としました。

禅興寺は、臨済宗建長寺派の寺院で、正式には禅興久昌禅寺といいます。

禅興寺は、足利義満の時代に関東十刹の一位に列せられています。

明月院に続く道です。6月はこの道が観光客で行列ができます。

 

室町時代になって関東管領の上杉憲方が明月庵から明月院に改めたため、憲方が明月院の開基とされています。

憲方は、密室守厳を開山として明月院を創建しました。

明月院の本尊は聖観世音菩薩です。

 

憲方は山内上杉家の五代目ですが、山内上杉家は戦国時代になると後北条氏に連戦連敗し、最後は長尾景虎(上杉謙信)に家督を譲ることになります。

 

明月院は、禅興寺の塔頭(本寺の小さな院)でしたが、禅興寺は明治元年に廃寺となり、明月院だけが残りました。

上杉憲方の兄弟であった憲英は、深谷上杉氏の祖になります。入口には「深谷上杉氏ゆかりの寺」と刻まれた石碑が建っています。

 

明月院の境内図です。6月と12月以外は地図の真ん中までしか見学できません。

 

総門をくぐって左に北条時頼の墓所があり、開山堂付近には上杉憲方の宝篋印塔(墓)があるやぐら、鎌倉十井の一つ「瓶の井(つるべのい)」があります。

 

鎌倉十井の一つ瓶の井です。

岩盤を垂直に掘り貫いて造ったとみられ、内部が水瓶のようにふくらみがあることから呼ばれました。

 

明月院は国の史跡に指定されています。

 

明月庵の創建は今から約850年前永暦元年(1160)にはじまる。

この地の武将で平治の乱で戦死した山内首藤俊道の菩提供養のため、俊道の子、山内首藤経俊によって創建。

その約百年後康元元年(1256)、鎌倉幕府第五代執権北条時頼公によってこの地に「最明寺」を建立(現在、明月院の西北の場所)。言うなれば時頼の別業の仏堂。時頼は三十才で出家、僧名を覚了房道崇と号し弘長三年(1263)十一月二十二日、三十七才で卒去。

明月院のパンフレットから

 

最明寺と北条時頼

北条時頼は、若い頃から聡明として知られていました。

鎌倉幕府4代執権であった兄の経時が寛元4年(1246)に死去すると得宗家に権力を集中させるために行動を開始します。

翌年の宝治元年(1247)には、宝治合戦を仕掛け、有力御家人の三浦一族を滅ぼして専制体制を築きました。

 

康元元年に病気で執権職を譲った時頼は、出家してこの地に最明寺を建立し、最明寺殿と呼ばれました。

弘長3年(1263)11月22日に37歳で死去するまで、幕府の実権を握りました。

 

先述しましたように、時頼の嫡男時宗が廃寺となっていた最明寺を再興して禅興寺と改め、禅興寺は明治元年に廃寺となって明月院が残りました。

明月院に北条時頼の墓があるのは、最明寺で死去したのが理由です。

北条時頼墓

明月院にある北条時頼の墓です。

宝篋印塔・五輪塔等の部材を組み合わせた石塔が石積みの壇上に安置されている。このあたりから現在のJR横須賀線が通る付近一帯は時頼公が寂した故地である。

 

花の寺

明月院はアジサイ寺として有名ですが、アジサイ以外にもたくさんの花を境内で見学できます。

春には、ボケ、モクレン、ツツジ、カイドウ、やまぶき、しゃくなげといった花が見れます。

夏には明月院を有名にしたアジサイや花しょうぶが見れます。

秋・冬には色づいたモミジが人気です。

 

本堂奥の後庭園は、花しょうぶの開花時期である6月上旬と紅葉期である12月上旬に見学できます。

 

 

明月院やぐら

明月院の開山堂横の岩場に鎌倉で最大規模といわれるやぐらがあります。

禅興寺隆盛時代に建立されていた宗猷堂が、改められて開山堂になったそうです。

 

やぐらは、鎌倉時代特有の洞窟墳墓であり、鎌倉市内各地に点在しています。

明月院のやぐらは、永暦元年(1160)に平治の乱で命を落とした山内俊道の供養のために造られたものといわれています。

 

上杉憲方の墓とされるやぐらには、仏像が描かれています。

仏像が彫られたやぐらは鎌倉でも珍しいそうです。

 

釈迦如来と多宝如来を囲むように十六羅漢が描かれています。

 

 

明月院の枯山水庭園です。

 

明月院へのアクセスと拝観時間・拝観料

所在地 神奈川県鎌倉市山ノ内189
交通 JR横須賀線「北鎌倉駅」徒歩10分
JR横須賀線「鎌倉駅」バス「明月院」下車徒歩5分
拝観時間 9時から午後4時(6月8時30分から午後5時)
拝観料 500円、後庭園拝観は別途500円が必要

明月院の最寄り駅は、JR横須賀線の北鎌倉駅になります。

 

駐車場や駐輪場はありません。

 

今回のまとめ

・明月院は、最明寺(禅興寺)という寺院にあった塔頭だった。

・北条時頼の墓がある。

・6月と12月に本堂奥の後庭園が公開される。

・山内上杉憲方の墓があるやぐら群がある。

 

 

鎌倉市や逗子市は「古都」に属する地域として景観が重要視されるエリアがあります。

鎌倉市内は、多くの史跡・埋蔵文化財があるため、そのエリアでは建築や造成の際に文化財保護法の手続きが必要です。

  • この記事を書いた人

侍従川

横浜で不動産仲介業ファイナンシャルプランナーをしています。

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