みなさんはタバコを吸うでしょうか?
不動産の賃貸借トラブルに原状回復をめぐるトラブルがありますが、タバコのヤニもその一つです。
部屋を退去した後、タバコのヤニで部屋のクロスが変色していることがあります。
クロスをきれいにするための費用をめぐり、賃貸人(貸主)と賃借人(借主)のどちらが負担するのかがよく問題になります。
法律の基本的なこと
民法には契約自由の原則があって、強行法規に抵触しなければ当事者間で自由に契約を決められるのが原則です。
強行法規というのは、当事者間が納得していてもその法律が優先されるというものです。
例えば、貸主と借主が「家賃を増減しない」と合意して契約に定めても、家賃を減額させないとする取り決めは認められてません。借地借家法では、借主保護のために家賃の減額をさせない特約を無効としているからです。
では、原状回復費用の負担について特約で借主負担とすることはできるのでしょうか。
原状回復費用を借主に負わせる場合は、借主が納得すればその特約は有効とされています。
有効とされてるので、不動産賃貸借契約に原状回復の費用は借主負担とすると書いてあったり、借主が認識できるよう部屋の清掃費〇〇円と物件の図面(マイソク)に書いてあることもあります。
原状回復費用の負担についての特約がない場合は、国土交通省が発表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が参考になります。
特約があっても判例で認められなかった例もあるので、こういったガイドラインを知っておくことは泣き寝入りしないためには有効です。
ただし、この原状回復をめぐるトラブルとガイドラインも、最初に発表した内容が改定された部分があるので、今後も社会情勢等によって変わる可能性はあります。
原状回復費用のガイドライン
民間賃貸住宅の賃貸借契約については、契約自由の原則によって強行法規に抵触しない限り有効としたうえで、最近の判例や実務等を考慮して原状回復費用の負担のあり方を一般的な基準としてまとめたのが「原状回復のトラブルとガイドライン」です。
ガイドラインでは、建物の損耗について、①自然的な損耗(経年劣化)、②通常の使用による損耗(通常損耗)、③それ以外の損耗(故意・過失、善管注意義務違反による損耗)の3つに分けています。
それ以外による損耗の例としては、結露が発生してるのに、それを放置したことによってカビや腐食した場合等が該当します。
建物は居住の有無にかかわらず、経年劣化するものであり、物件が契約に定められた使用方法に従って使用していれば、使用開始時の状態よりも悪くなっていたとしても、それは借主が負担するものではないというのが学説、判例の立場なので、ガイドラインでもこの考えをとっていました。
2020年の民法改正で学説判例が明文化されましたが、原状回復の扱いについては変更ありません。
民法第621条(賃借人の原状回復義務)
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
以上のことから、原則は契約に基づいて通常の使用をしていれば、クリーニング費用というのは貸主が負担することになります。
例外としては、特約でクリーニング費用を借主負担と定めた場合ですが、判例では借主が費用について認識していなかった場合に特約が無効とされた例もあります。
クリーニング特約は、①借主が負担すべき内容、範囲が明確に示されているか、②本来、借主負担とならない通常損耗についても負担するという趣旨及び負担することになる損耗の具体的な範囲が明確になっているか、③費用として妥当か等、これらを総合的に判断するとされています。
つまり、改正民法では原状回復費用の負担については強行法規ではないので、借主負担にする特約は有効ですが、それが認められるためには借主が理解していることが必要です。
タバコのヤニの原状回復について
タバコのヤニや臭いでまず問題になるのがクロスです。
ガイドラインでは、賃貸物件で禁煙とされている場合は用法違反としたうえで、クロスは6年で経年劣化する扱いとし、タバコのヤニや臭いに係るクリーニングやクロス張替え費用は借主負担としています。
つまりタバコが原因でクロスの張替が必要になり、一面の張替えで済まずに全体になれば、敷金を超える費用を請求されることもあります。
ただ、タバコのヤニであっても、クロス等の汚れがひどくなく、通常のクリーニングで落とせるのであれば、通常損耗で対応してもらえるかもしれません。
原状回復費用をめぐっては様々な判例があるので参考になると思います。ただし、ケースバイケースの要素が強いのでその辺を踏まえてみる必要があります。
現在の原状回復のガイドラインは、平成23年に改訂されましたが、その前のガイドラインではタバコのヤニは通常損耗とされていました。当時と違って今はタバコのリスクが広く知られるようになり、喫煙者が減ったことに起因しているものと思われます。
改正民法では通説判例が明文化されましたが、改正前と後とでは原状回復については実務的には変更がありません。
おわりに
タバコのヤニは原状回復のガイドラインに明記されてるので、喫煙の際は部屋の外やベランダで吸うようにした方がよさそうです。
私はタバコを吸いませんが、最近のタバコの中には煙があまり出ないものもあるようです。
煙が出ないタバコならヤニも付きにくくて費用が安く抑えられるかもしれませんが、それでも部屋では吸わない方が賢明です。