賃貸物件を借りる際、多くの方が気にするのは家賃の金額ですが、「もし払えなくなったらどうなるか」を具体的に想像する方は、意外と少ないと思います。
家賃の滞納は、借り手にとっても、貸し手にとっても、大きなリスクです。
借り手にとっては信用情報への影響や強制退去のリスク、貸し手にとっては家賃収入の途絶と明渡訴訟の負担が発生します。
この記事では、宅建士・FPの視点から、家賃滞納の法律的なルール、2020年民法改正で変わった連帯保証人制度、保証会社の仕組み、そして家賃が払えない時に使える公的な制度まで、包括的に整理してお伝えします。
賃貸の「身軽さ」の裏側|夜逃げリスクと大家の負担

1か月の滞納で契約解除はできない
「家賃を1回滞納しただけで契約解除される」というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、法律上はそう簡単に解除できません。
賃貸借契約の解除には、「信頼関係破壊の法理」という判例の積み重ねが適用されます。
これは、貸主と借主の信頼関係が根本的に壊れたと評価できる場合にのみ、契約解除が認められるという考え方です。
一般的には:
- 1か月程度の滞納:信頼関係破壊とは評価されにくい
- 2か月程度の滞納:事情によっては解除が認められるケースもある
- 3か月以上の滞納:信頼関係破壊と判断される可能性が高まる
ただし、3か月以上の滞納があっても、自動的に契約解除にはならず、貸主は明渡訴訟などの法的手続を経る必要があります。
契約解除までの一般的な流れ
家賃滞納が発生した場合、一般的には以下のような流れで進みます。
- ①督促:電話や文書での家賃支払いの催促
- ②連帯保証人への連絡:連帯保証人がいる場合は保証人へ
- ③内容証明郵便による催告:「一定期間内に支払わないと契約解除する」旨の通知
- ④明渡訴訟の提起:裁判所に訴訟を起こす
- ⑤強制執行:判決に基づいて強制退去を執行
この全プロセスは、数か月から1年以上かかることも珍しくありません。その間の家賃は、貸主が回収できない期間になります。
明渡訴訟にかかる費用と時間
貸主が明渡訴訟を起こす場合、弁護士費用・裁判所費用・強制執行費用を含めて数十万円〜100万円前後かかるのが普通です。
借主側の視点でも、この期間に転居先を見つける時間的余裕は生まれますが、裁判の記録は一定の影響を残す可能性があります。
2020年4月民法改正|連帯保証人制度の変更

改正前の問題点
2020年3月以前の民法では、連帯保証人の責任に上限がありませんでした。
つまり、借主が家賃を滞納し続けた場合、連帯保証人が無制限に責任を負うというリスクがあったということです。
実際、知人から頼まれて気軽に連帯保証人になった方が、数百万円の請求を受けたというケースも社会問題化していました。
2020年4月の民法改正|極度額の設定が必須に
2020年4月1日施行の改正民法により、個人が連帯保証人となる場合は、契約書に「極度額」の記載が必須になりました。
極度額とは、連帯保証人が負うべき責任の上限額のことです。
例えば、極度額が「100万円」と設定されていれば、連帯保証人はそれ以上の責任を負いません。
極度額の記載がない契約は、連帯保証契約として無効になります。これは借主にとっても貸主にとっても重要な変更です。
改正後の実務の変化|保証会社の一般化
この改正により、個人の連帯保証人を立てる賃貸契約は急速に減少しました。その代わりに普及したのが、家賃保証会社の利用です。
今や新規の賃貸契約の多くで、家賃保証会社の利用が事実上必須となっています。
家賃保証会社の仕組み
保証会社とは
家賃保証会社は、借主が家賃を滞納した場合に、貸主に対して家賃を立て替え払いする会社です。借主は保証会社に、保証料(一般的に家賃の30〜100%前後)を支払います。
滞納が発生した場合
- ①保証会社が貸主に家賃を立替払い
- ②保証会社が借主に対して求償(返済請求)する
- ③借主が返済できない場合は法的手続に進む
借主側のメリット
- 連帯保証人を用意する必要がない → 親族・知人に頼む心理的負担がなくなる
- 契約がスムーズに進む → 連帯保証人の書類準備や審査が不要なため、契約の手続が早くなる
借主側の注意点
- 保証料の負担 → 初回保証料は家賃1か月分相当のこともあり、契約時の初期費用に影響する
- 更新料の発生 → 契約更新時にも保証料が必要になる
- 滞納時の信用情報への影響 → 保証会社によっては、滞納情報が信用情報機関に登録され、将来のクレジットカード・ローン審査に影響する可能性がある
貸主側のメリット
- 滞納リスクの軽減 → 家賃収入が途絶えるリスクが大きく減る
- 明渡手続の簡素化 → 保証会社が法的手続の一部を担う
保証会社選びの注意点
一部の保証会社では、過剰な督促や強引な明渡要求が問題化したこともあり、2020年に国土交通省が「賃貸住宅管理業法」を施行、悪質な業者への規制が強化されました。
家賃が払えない時にとるべき行動

家賃の支払いが厳しくなった時、夜逃げは最後の手段ではなく、最悪の選択です。
①まず貸主・管理会社に相談
意外に知られていませんが、貸主側も夜逃げや明渡訴訟は避けたいのが本音です。訴訟には費用と時間がかかるうえ、その間の家賃収入も見込めないからです。
事前に相談することで:
- 分割払いの交渉
- 一時的な減額の相談
- 転居時期の調整
など、柔軟な対応が得られるかもしれません。「払えなくなってから」ではなく「払えなくなりそうな段階」で相談するのがポイントです。
②公的制度の活用を検討する
日本には、家賃補助を含む複数の公的制度があります。
住居確保給付金(厚生労働省)
離職・廃業・収入減少により経済的に困窮している方を対象とした、家賃相当額を給付する制度です。
主な対象者
- 離職・廃業から2年以内(条件により4年以内まで延長)
- または、本人の責によらない休業等による収入減少で、離職・廃業と同程度の状況
- 世帯の主たる生計維持者であること
- 世帯の収入・預貯金が一定基準以下
横浜市での収入基準額の例(2026年時点)
世帯人数1人の場合は月収136,000円以下、2人世帯は192,000円以下、3人世帯は240,000円以下、4人世帯は282,000円以下など、世帯人数によって基準が異なります。
支給される家賃額の上限(横浜市)
- 1人世帯:52,000円
- 2人世帯:62,000円
- 3人〜5人世帯:68,000円
- 支給期間→原則3か月(最大9か月まで延長可)
- 申請窓口→横浜市の場合は各区役所生活支援課。お住まいの区の窓口に相談します。
臨時特例つなぎ資金(社会福祉協議会)
住居確保給付金の支給までの間、生活費に困窮している方は、社会福祉協議会の「臨時特例つなぎ資金」(無利子・10万円まで)が利用できる場合があります。
生活保護制度の住宅扶助
生活に困窮し他の制度で対応できない場合は、生活保護の住宅扶助もあります。
横浜市の住宅扶助の上限(1人世帯)は月52,000円程度です。
その他の相談先
- 法テラス:弁護士への無料相談
- 市区町村の消費生活センター
- NPO法人等の住まいの相談窓口
③早めに転居を検討する
家賃が明らかに家計を圧迫している場合は、家賃の安い物件への早めの転居も選択肢です。
横浜市には、住居確保給付金に「転居費用補助」の制度もあります。家計改善支援事業を経由した上で、転居が必要と認められる場合は、転居費用の補助を受けられる可能性があります。
夜逃げという選択がもたらすリスク

「相談しても解決しない」と考えた方の中には、夜逃げを考える方もいらっしゃいます。
しかし、夜逃げには以下のリスクがあります。
①残置物の処分問題
ほとんどの賃貸借契約書には、「残置した動産類について借主は所有権を放棄する」という条項が入っています。しかし、この条項があっても、実務上はすぐに処分できないケースもあります。
貸主が勝手に処分すると、後から借主に訴えられるリスクがあるため、慎重な処理が必要になるのです。
②保証会社からの求償
家賃保証会社を利用している場合、保証会社が立て替えた家賃は、借主に請求されます。
連絡がつかない場合は、裁判所を通じて給与差押え等の強制執行が行われる可能性もあります。
③信用情報への影響
家賃滞納の情報は、一部の保証会社を通じて信用情報機関に登録される場合があります。
登録されると
- 新しい賃貸契約で保証会社の審査に通らない
- クレジットカード・住宅ローンの審査に影響
- 携帯電話の分割払いに影響
こうした影響が数年にわたる可能性があります。
④新しい賃貸物件を借りられない
夜逃げによる家賃滞納の記録があると、次の賃貸物件を借りる際、保証会社の審査を通すのが難しくなることがあります。
結果として、住む場所そのものを失うリスクも発生します。
契約前に確認したい5つのポイント
賃貸契約を結ぶ前に、以下の5点を意識して確認すると安心です。
- 家賃は手取り収入の30%以内に収まっているか
- 保証会社の種類と保証料の確認:
- 連帯保証人の極度額の確認
- 初期費用の総額の把握
- 途中解約時のルール確認
まとめ|リスクを知って備える
家賃滞納と夜逃げは、借主にとっても貸主にとってもリスクが大きい事象です。
借主側の視点では
- 1〜2か月の滞納で即契約解除にはならない
- しかし夜逃げは最悪の選択
- 貸主への事前相談と公的制度の活用が現実的な解決策
- 2020年民法改正で連帯保証人の極度額記載が必須に
貸主側の視点では
- 明渡訴訟には費用と時間がかかる
- 家賃保証会社の利用でリスク軽減
- 早期の対話が長期的な損失を防ぐ
どちらの立場でも、知識を持って備えることが、トラブルを回避する最良の方法です。
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