横須賀市の「県立塚山公園」は、桜の名所として知られており、桜のシーズンになると多くの人で賑わう。
塚山公園は、標高133mの位置にあるため、公園内の「港の見える丘」や「見晴台」からは素晴らしい景色が見れる。
また、公園内には、京浜急行線の駅の名前の由来となった三浦按針(ウィリアム・アダムス)の供養塔「安針塚」がある。
目次
安針塚駅から塚山公園へ
京浜急行線「安針塚駅」の駅名の由来は、塚山公園にある三浦按針の供養塔「按針塚」に因む。
安針塚駅は、京浜急行線で2番目に利用者が少ない駅といわれるように、駅前は寂しく、京急ストアがあるだけだった。
駅前に喫茶店はあるものの、国道16号線もこの辺りは寂しい感じだ。
安針塚駅の改札を出て、階段を下りたら「塚山公園」へは左にいく。国道16号線とは反対側の住宅地を進んで行くかたちだ。
歩いていると、とてもこの先に公園があるとは思えない閑静な住宅地を進んで行くことに……、道もそれほど広くはない。
しばらく歩いて行くと、岐れ道に出る。途中までは、徒歩も自転車・バイクも同じ道を通る。
バイクの場合は、大きな通りを進んで行くが、徒歩の場合は狭い道を通って行くこともできる。
なので、狭いほうの道を紹介する。バイクの場合は、マンションが並ぶ広い通りを道なりに進んで行けばやがて着く。
狭い道の方は、こんな感じの道を進んで行く。横須賀らしい急な坂が続く。
途中の道はこんな感じなので、自転車やバイクでは無理。
駅から20~30分くらい歩くと塚山公園に着く。この日は、ちょうど桜まつりが開催されており、桜が大変素晴らしかった。
バイクや自転車の場合は、塚山公園内に駐輪場があるため、二輪車であれば直接公園内まで来ることができる。
近くからは高速の料金所が見える。
県立塚山公園
県立塚山公園のシンボルである「按針塚」は、明治になるまで放置状態だったそうだ。
明治になってイギリスの商人が安針塚を発見し、その後地元民が協力して史跡ができていったという。
戦後になる頃には史跡は荒れ果てていたが、昭和29年に県立公園に指定されたことで次第に公園が整備されていったそうである。
県立塚山公園の中央にある「公園案内」 この案内板のななみ向かいに小さな駐輪場がある。
塚山公園には、かながわの景勝50選の碑がある。碑は、安針塚の階段下の見晴台側にある。
安針塚駅は、案内図の北側にある駅なので、南下してきたことになる。案内図には出てないが、安針塚の南側に道が続いており、阿部倉、葉山に抜けるハイキングコースとなっている。
港の見える丘
公園北側の「港の見える丘」は、夜景の穴場スポットでもある。
途中に植えてあった「ヒラドツツジ」
近くには、ベンチとテーブルがある東屋もあった。港の見える丘からは、横須賀の港が見える。
見えにくいかもしれないが、肉眼だと横須賀の港に軍船が泊まっているのがはっきり分かる。また、右側には猿島も見えた。
分かりにくいので写真を拡大してみた。
見晴台
見晴台は、公園内で最も高いため、三浦半島を見渡すことができる。
「さくら谷」の桜も見渡すことができる。
横須賀の港をバックにさくらが素敵だった。
こちらは、冬に撮った時の写真。場所は同じ見晴台から。
三浦半島で一番高い山といわれる大楠山も見える。
天候と湿度次第では、富士山が見えることもある。
この時は、ぼんやりと見えた程度だが、冬場はハッキリ見えることもある。
按針塚
三浦按針(みうらあんじん)の按針とは、水先案内人のことで、三浦按針はイギリスから航海士として日本まで来た。
三浦按針は、徳川家康から三浦の逸見村に領地を与えられたため、三浦の姓を名乗った。ちなみに安針塚駅の隣の駅の名前は「逸見駅」という。
按針は家康の外交顧問として帯刀も許されており、徳川家からの信頼が厚かったようだ。
按針死後は、日本人妻・雪との間にできた長男・ジョゼフが領地を継いだとされている。
「按針塚」の石柱 この階段の上に三浦按針の供養塔がある。
「三浦按針墓」 右の供養塔(宝篋印塔)が三浦按針、左の供養塔が妻の雪のものといわれている。
「国指定史跡 三浦按針墓」の案内板
三浦按針は、航海術の他、砲術や天文学にも優れていたため、幕府の外交顧問となり、伊豆の伊東で西洋帆船を作ったそうだ。
県立塚山公園へのアクセス
住所 神奈川県横須賀市西逸見町
電車 京浜急行線「安針塚駅」から歩いて20分、京浜急行線「逸見駅」から歩いて25分
駐車場 なし
駐輪場 あり
安針塚周辺の住みやすさ
安針塚駅は、京浜急行線の各駅しか停まりませんが、京浜急行の本線なので通勤・通学時間の電車本数はそこそこあります。
ただ、駅前に京急ストアしかなく、コンビニもないため、買い物が不便です。
そのかわり、周りは閑静な住宅地なので、子育てには向いています。
車や電車で汐入や横須賀中央に行くと大きな商業施設があります。