名所 歴史

横浜市金沢区にある「称名寺」と「金沢文庫」は金沢北条氏による創建

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京浜急行線の駅の一つに「金沢文庫」駅があります。

どちらかというと「称名寺」の方が名所としては有名な気もしますが、金沢文庫が駅名になっています。

称名寺の庭園は、浄土庭園として高く評価されています。

金沢文庫は、称名寺を創建した「金沢実時」が書物や文書を保管するために、金沢に建てた日本初の武家文庫としてこちらも有名です。

現在も、称名寺に隣接して金沢文庫があるので、観光する際は称名寺とまとめて見学できます。

 

称名寺、金沢文庫へのアクセス

住所 神奈川県横浜市金沢区金沢町212−1
交通 京急線「金沢文庫」駅徒歩12分・シーサイドライン「海の公園柴口」駅徒歩10分

 

称名寺赤門」 門をくぐった参道はサクラの名所にもなっています。

 

クルマの場合は、駐車場がないので近隣のコインパーキングになります。

 

金沢文庫は、称名寺境内にあるトンネルから行けます。

 

金沢実時

金沢実時は、鎌倉幕府の3代目執権・北条泰時の甥にあたる文化人でした。

泰時は、孫の経時が北条家宗家である得宗家を継いだ時に、経時の支えとなるよう実時を育成したそうです。

経時が4代目執権となったときは、経時の側近として活躍し、その後に執権となった時頼にも側近として仕えました。

 

引退した後は、金沢に移住し、書籍や書類を集めて書庫を作り、この書庫が日本最初の武家文庫と言われる「金沢文庫」になりました。

実時の子の顕時、孫の貞顕(15代執権)も文庫の収集に熱心で、おかげで金沢文庫は充実したといわれています。

 

称名寺は、金沢北条氏の菩提寺なので、実時の墓は称名寺から行ける裏山にあります。

 

称名寺

称名寺は、鎌倉時代の2代執権北条義時の孫である北条実時によって建立された金沢北条氏の菩提寺です。

称名寺は、山号を金沢山という真言律宗の寺院です。

北条実時によって創建された称名寺は、言い伝えによると正嘉2年(1258)に実時が屋敷に建てた阿弥陀堂が起源とされています。

 

称名寺の庭園は、金沢貞顕の時代に造られ、浄土庭園の基本的な形態をしめすものとして一見の価値があります。

称名寺の裏から行ける山は、意外と広く、山からの眺めもいいです。

 

称名寺は、金沢八景の一つ、「称名寺の晩鐘」の地であり、地元住民の憩いの場所として、また、多くの観光者が訪れる名所となっています。

歌川広重も「金沢八景 称名晩鐘」として称名寺を描いています。

 

称名寺仁王門

称名寺の赤門をくぐって参道を進んで行くと、大きな門が見えてきますが、これが「仁王門」です。

称名寺の境内に入るには、仁王門の横から入るようになっています。

両隣には、大きな仁王門がにらみをきかせています。

4mの仁王門は、かなり迫力があります。

 

称名寺の境内

移転する前の当社は、金沢文庫にあったため、称名寺へはよく行ってました。

今回訪れたのは秋ですが、夏ごろに訪れた際の様子も紹介します。

 

境内は、紅葉が見頃でした。称名寺は、紅葉の名所としても知られています。

この時季は、境内で写生している人の姿も見受けられます。

 

橋の上から撮影しました。

去年の秋に撮った境内の写真。

 

少し前に来た時は、橋の工事をしてましたが、無事にきれいになってました。

夏に訪れた時と橋の色が違うのがわかります。

橋が修復されて初めて迎える桜シーズンです。桜を見に称名寺に訪れる人もいます。

 

称名寺には、反っている橋(反橋)と平らな橋(平橋)があります。かながわの橋100選にも選ばれています。

 

こっちは反橋です。

 

境内に入ると「忠魂碑」が建っています。忠魂碑には、「陸軍大将 本庄繁書」の文字があります。

 

「称名寺の晩鐘」として有名な称名寺の鐘楼です。

 

「金堂」本尊の弥勒菩薩を安置しています。

『称名寺は、金沢山(きんたくさん)称名寺と号し、真言律宗の別格本山として西大寺末の律院 で、本尊には木造弥勒菩薩 立像 (鎌倉時代 、重要文化財 )が安置されています。 

本寺は、金沢北条氏一門の菩提寺で、草創の時期は明らかにしていませんが、 正嘉二年(1258)、金沢氏の祖と称されている北条実時 (1224~1276)が、六浦荘金沢の居館内に営んだ持仏堂から発したと推定されています。

その後、称名寺の基礎が定まるとともに伽藍の整備が着手され、実時の子、顕時(1248~1301)の時代には、弥勒堂 、護摩堂 、三重塔 などが建立され、さらに、顕時の子、貞顕 (1278~1333)は伽藍の再造営を行い、元享三年(1323)には、苑池を中心として弥勒来迎板絵 (重要文化財)に荘厳された金堂を初め、講堂 、仁王門など、七堂伽藍 を備えた壮麗な浄土曼荼羅にもとづく伽藍を完成させました。 

しかし、元弘三年(1333)、北条氏の滅亡により鎌倉幕府の崩壊を契機として伽藍の維持が困難となり、江戸時代 に入ると創建当時の堂塔の姿を失いました。 

大正十一年、称名寺の内界である中心区域が国指定を受け、更に、昭和四七年、境内背後の丘陵を含めた範囲が指定されるとともに、昭和六二年には、庭園苑池の保存整備事業が行われました。』

 

謡曲「六浦」と青葉楓

 

金沢文庫

北条実時から3代、金沢の地は金沢北条氏によって発展しました。

しかし、北条氏の滅亡後は、金沢文庫も衰退し、蔵書も関東の上杉氏、後北条氏、徳川家康、豊臣秀次、加賀前田氏らによって持ち出されました。

明治に入り、伊藤博文らの尽力で復興しますが、関東大震災で損壊してしまいます。

昭和5年(1930)には、かながわ最初の県立図書館「神奈川県立金沢文庫」として復興しました。

 

 

金沢文庫へは、称名寺の境内を通って行くことができます。

このトンネルを通った先には、「県立金沢文庫」があります。

金沢文庫では、定期的に展示物が変わっているので、事前のチェックをしておくのがいいと思います。

 

称名寺・金沢文庫のまとめ

・称名寺と金沢文庫は隣接している。

・称名寺は、金沢実時の邸宅にあった阿弥陀堂が起源。

・金沢文庫は、金沢北条氏三代が集めた蔵書、書類がもとになった。

・称名寺の庭園は、浄土庭園で庭園史上高い評価を得ている。

・称名寺の晩鐘は、金沢八景・歌川広重などでも有名。

 

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