名所

鎌倉七口の一つ「朝夷奈(朝比奈)切通し」の通行止めが解除されました

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2021年の12月に朝比奈(朝夷奈)切通しが復旧したという話を聞き、遅ればせながら歩いてきました。

2019年の台風で鎌倉市内の切通しやハイキングコースの多くが通行止めになりましたが、この朝比奈切通しもそうです。なので、3年ぶりに訪れることになります。

今回は途中にある熊野神社にも立ち寄ってきました。

朝夷奈(朝比奈)切通しについて

鎌倉は、南を海に面し、三方を山に囲まれた天然の要害でした。

山を切り開いて通行路としたのが切通しで、鎌倉と外とをつなぐ主要な切通しは、江戸時代の史書に「鎌倉七口」として記録が残っています。

朝夷奈切通は、鎌倉七口の一つです。

朝夷奈切通以外の鎌倉七口には、大仏切通、化粧坂、亀ヶ谷坂、小袋坂(巨福呂坂)、極楽寺坂、名越切通があります。中には消滅した切通があるのを思えば、朝夷奈切通は貴重です。

 

朝夷奈切通は、鎌倉の外港であった六浦津とを結ぶために作られたといいます。

鎌倉の海は遠浅だったため、房総半島をはじめとする関東地方の物資は六浦津に集まってきました。

また、六浦は塩の産地であり、六浦と鎌倉とを結ぶ交通路は塩の道と呼ばれ、今でも塩場の地名が残っています。

吾妻鑑には、北条泰時が自ら陣頭指揮をとったとありますが、実際は既に切通があったようです。

 

切通は、途中の道が狭く、道を塞げば鎌倉を防衛する施設の役割も果たします。

鎌倉の有事の際は、金沢(金沢北条氏)といった鎌倉の外にある兵を引き入れることもできます。

 

朝夷奈切通

朝夷奈切通は、鎌倉幕府が仁治2年(1241)に鎌倉と六浦(横浜市金沢区)を結ぶ重要交通路として、山稜部を開削して建設した道路です。幕府の歴史を記録した「吾妻鏡」には、執権北条泰時が自ら現場に出向いて工事を指揮したとあります。当時の六浦には天然の良港があり、切通の開通によって幕府はこれを鎌倉の外港とし、東国や中国大陸との物流の拠点としました。六浦と朝夷奈切通は、幕府と都市鎌倉を政治的・経済的に支える重要な役割を果たしました。

朝夷奈切通は、その後崩落するたび改修されて現在に至っていますが、横浜市側に小切通、市境の峠に大切通という山を深く切り下げた特徴的な遺構や、道沿いに中世の納骨施設であるやぐらが多く残っています。また、大切通の南側山腹には、鎌倉の守護神と伝えられる熊野神社があり、江戸時代に再建された後、氏子たちによって社殿と祭事が現在に受け継がれています。

横浜市教育委員会

 

今でこそ鎌倉のメインストリートは若宮大路ですが、当初は鎌倉と六浦とを結ぶ六浦道の方がメインだったといわれており、上総介広常も朝夷奈切通の辺りに屋敷を構えています。

(上総介の供養塔)

 

朝夷奈切通を鎌倉側から横浜側へ歩いてみて

鎌倉側から朝夷奈切通に行くには、JR横須賀線の鎌倉駅から「鎌倉霊園正門前行き」または「金沢八景駅行き」のバスに乗り、十二所神社で下車します。

住宅地を抜けて朝夷奈切通の鎌倉側入口を目指します。

 

朝夷奈切通の入口に向かう途中には、梶原景時が上総広常を斬って刀に付いた血を洗ったという「太刀洗水」があります。この太刀洗水は、鎌倉五名水の一つに数えられてます。

(鎌倉五名水・太刀洗水)

 

朝夷奈切通の入口は左、真っすぐ進むと十二所果樹園に着きます。

 

朝夷奈切通入ってすぐのところに三郎の滝があります。三郎というのは、和田義盛の三男・朝比奈三郎義秀のことです。朝夷奈切通には、三郎義秀が一夜にして切り拓いたという伝説があります。

(朝夷奈切通の碑と三郎の滝)

 

週末はウォーキング目的の団体を見かけますが、平日は歩いてる人がほとんどいません。

 

道はぬかるんでるので、土が盛られた端の上を歩きました。切通は足元がよくないので、動きやすい靴、スニーカーで訪れるのを推奨します。

 

実際に歩いてみて思ったのは、3年前と比べると木が伐採されたり、土砂崩れで視界が開けた感じがします。

 

江戸時代に建てられたという道造供養塔です。

 

一番上にある摩崖仏も変わりなくありました。

 

途中にある分かれ道は、熊野神社と朝比奈町との分岐になります。

 

横浜市側の方が台風の被害が大きかったのか、土嚢の数がすごいです。台風の前の10倍くらい増えてました。

 

旅行雑誌やネットで名所、史跡として紹介されるときによく使われる場所です。

切通は、途中の道を塞ぐと大軍が進めなくなり、鎌倉を守るための軍事施設の役割もありました。

 

(横浜横須賀道路の高架下)

 

横浜側出入口近くにある庚申塔、石仏です。

 

切通を出て、六浦原宿線を右に行くと、朝比奈のバス停があります。バスの本数は、1時間に2本くらいです。

 

熊野神社

朝夷奈切通のメインルートの途中に熊野神社との分岐点があります。

ここから熊野神社までは、歩いて4,5分といったところです。

 

分岐点に熊野神社の由緒が立ってます。

朝比奈町鎮守 熊野神社由緒

古伝に曰、源頼朝鎌倉に覇府を開くや朝比奈切通の開鑿に際し、守護神として熊野三社大明神を勧請せられしと、元禄年中地頭加藤太郎左衛門尉之を再建す、里人の崇敬亦篤く安永及嘉永年間にも修築を加え明治六年村社に列格、古来、安産守護に霊験著しと云爾

 

途中の道、右側上にやぐらがあります。ここは気づかずに通り過ぎる人も多いと思います。

 

木がかなり伐採されて向こうまで見えるようになってました。

 

途中の道が固められてました。

 

分岐点から5分くらい歩けば熊野神社の鳥居が見えてきます。

逗子の神武寺に次ぐアクセスの悪さです。

 

階段を登ると拝殿になります。

(熊野神社拝殿)

 

さらに右にある階段を登ると神社の本殿に行けます。

(熊野神社本殿)

 

本殿の奥からは、十二所果樹園に続くハイキングコースがあります。

 

あまり訪れる人がいない神社ですが、森林に囲まれてるので秘境感は味わえると思います。

 

朝夷奈切通へのアクセス

所在地 横浜市金沢区朝比奈町
電車バス JR横須賀線「鎌倉駅」からバスで「十二所神社」バス停から徒歩、または京浜急行線「金沢八景駅」からバスで「朝比奈」バス停から徒歩

 

 

まとめ

小学校の遠足で訪れたのが朝比奈切通だったので、鎌倉の切通で一番思い入れがあります。

3年ぶりに訪れた朝夷奈切通は、雰囲気が少し変わってましたが、再び通れるようになったのはよかったです。

今後も整備されながら切通としての形を後世に伝えていければよいですね。

  • この記事を書いた人

たくあん(ネトゲ)

横浜で不動産仲介業ファイナンシャルプランナーをしています。

 

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